怖かった女性?

理事長印ショパンコンクールの審査員も務めるレギナ・スメジャンカというピアニストが来日された時の話。

 普通は、リハーサルの時に照明合わせとかするのだけど、「リハ中は、ホール内に、関係者といえども、絶対に入らないよう。」付き添いのマネージャーからよくよく言われた。 

 木造のホールなので、どこを開閉しても、僅かな衝撃音がホール内に入ってしまう。 職員一同皆ピリピり、トイレも離れた建物まで行って使用。 電話が鳴ろうものなら、「リっ」と鳴ったとたんにとるぐらい、神経をとがらせた。 

 リハが終わっても、ご本人は無言。 

 これは、自分で入退場のお世話をしなければと担当した。 楽屋裏では、もちろん会話もなし、通訳の方も、控え室から案内するだけ。 ステージ上のことなど無論分らず・・・・が、何事もなくコンサートは終了した。

 迎えの車が来たことを、通訳の方が伝え、荷物を持って先行かれたので、一応、控え室前で、お送りしたく、ポーランド語など分からないから、ただ会釈のみした。

 その時ですよ!!何と「アリガトウ。」 一瞬耳を疑いましたね。 日本語で、言われたのです。 最高!!ハッピー!!なんて言うもんじゃない。 うれしかった。 こういう場面に立ち会うことが、思い出をいただけることが、裏方の役得。

 多くの方は、「音楽に触れられるご職業でいいですねぇ。」と言われるが、私は、20余年ホールに勤めている間、演奏者の演奏している姿をみたこともないし、まじに聞いたことは一度もない。 その長い間に、自分は、音楽に感動する心を失ってしまっていた。

 サントリーホールのドアマンに、「音楽が趣味です。」と言う方は採用しないという話を聞いた。 私は、もっともだと思っている、ドアマンが、演奏を聞いてしまったら、一瞬でも、お客様の方を向かなくなってしまうからだ。

 役者もそうだが、舞台を制作している人間は、親の死に目にもあえない覚悟でいる。 そういう覚悟を、若い方に伝えたいけど、なかなか理解してもらえない。 自分も歳を取ったということかなぁ・・・・。

想い出をくれた人

理事長印 裏方として接することができた方々の話の最初は、誰にしようか? 迷った。

ダン・タイソン(ピアニスト)さんから、始めよう。

ピアニストとしての才能は、私がどうこういう分野ではないが、プロの方々からは、お叱りを受けるかしれないが、演奏本番中は、そのやさしい音色に包まれていた思い出がある。 ご本人は、あまり言わないが、あの北爆中も、防空壕のなかで、鍵盤を書いた木片で練習していたとのお話だった。

この方と接したとき、コルトレーンの話を思い出した。

ジャズ界には、ジョン・コルトレーンという方がいる。 これは、聞いた話だが、ジャズを目指す人にとっては、神というか、とんでもない雲の上の方なのだ。 このコルトレーンが、大阪のコンサートの時、裏方のボーイに「コーラが飲みたいので、お願いします。」と、頼んだのだそうだ。 裏方を普通の人として接してくれたのだ。 ファンだったら1ケースでも2ケースでも、喜んで持っていく。

裏方を長年勤めていると、有名人のホントの素顔がわかる。 コルトレーンは、演奏しない時でも、すばらしい人だったそうだ。 失礼な言い方かもしれないが、概して、少し有名な人とか、ホントの実力のない人は、裏方の人間を小者と見下し、えばり、横柄な態度で何事も命令するのが常である。 いわゆる「お里が知れる。」ということ平気でする。

で、ダン・タイソン氏は、ステージ以外は、我々裏方以上に気を使い、普通に接してくれた。 この時、この人の母親に会って見たいと思った。 ダン・タイソン氏は、今、カナダに移られ、時々来日されているようだ。 人間味溢れる演奏家の演奏は、悪いはずがない。 益々のご健闘を、心より祈っている。

どんどん続きますよ!!

老いへの備え

理事長印 近在に、大学の先輩で、常に自己鍛練を忘れず、向上心が旺盛で、常に物事に対し、冷静で、客観的、そして人間味に溢れ、オシャレな女性がいる。 その先輩から聞いた話。

自分が尊敬するM先輩が尊敬する高齢のF氏との会話で、「Hちゃん、自分は毎日どんな事を考えて生活しているか、知ってるかい?。」 「・・・何ですか?」「それはね、毎日どうしたら、若い人の迷惑にならないように生活できるかということ。」との話。

その話をしてくれた。 いろいろな意味があるのだろう。 声高に言っている訳でもない。 自分がチョッピリ辛くなったのも事実である。 知性も、学識も、生活力もあるし、若い者にとってホントの相談役の方の言葉なのだ。 老いるということは、そういう事なのかと忘れることができない話だった。

先輩M大姉の別な話「ケンちゃん、山に行って取っていいのは、写真だけだからね!。」この言葉も、忘れられない。 ホント、言うこと、言うこと納得できる言葉ばかり。 この言葉を、それ以後自分も使っている。

こういう老いを、自分もできたら良いなと思っている。

古武士

理事長印去る21日、ホルン奏者の千葉馨さんが亡くなったと新聞紙上で知った。

今から25年程前になるか?千葉さんは、上小地域の小中学校移動音楽会で演奏された。 当時から、自分は裏方として楽器搬出入のお手伝いをして各学校を一緒に回った。

初日に、紹介され、初めて身近にお会いしたとき・・「吉川英治の小説に出てくる剣豪というのは、こういう顔つきと、容姿をしていたんだろうな・・・」と、感動のような気持ちを抱いた。

そういえば、千葉馨さんを愛されたカラヤンも、同じような容姿だよな・・似てるよな・・・などと、今、一人で納得している。 日本の武士とドイツの騎士・・この二人絶対絵になっている。

何ともない思い出だが、その当時小学生だった人は、30代かな、この人たちは、世界の千葉馨さんを、自分の母校で、身近に聞いているのだ。 憶えているかな? 合掌。

只、ひたすらに!

理事長印   人間的に、尊敬するA氏、いまだ健在(勝手に、殺すな・・・と怒られるなァ。)。  氏から聞いた話、「自分が、先輩から言われた。今、創作し描いているものを、6000枚とりあえず描け。 8000~10000枚描けば、それで、飯が食えるかもしれない・・・。」と、先輩は、実行した。

   そして、今、その作品に接すると、その人だと解るまでになった。 今も、精力的に描いている・・・ひたすらに。

   小生は、現在、切り絵にはまっている。 最初の作品が一番いい{自画自賛・・ウッフフフ)。  これで、飯が食えればなどと、決して思いません・・・うんうん・・・ん? 根性がないもんね・・・・うんうん。 

   食えたら最高・・・なに!! お金に弱いからな・・・納得。

   友人のM氏(元バンドマン・・現在独身・・バラすな!)椅子作りでは、日本有数の有名人なのだが、なにせ銭がない。 カラ欠なのだ。死んでから、名が上がってもしょうがないのだが、神は、いない。 

   なんか、今日は愚痴が多い。 やめよう・・・・では、また。   

設立総会とりあえず!!

理事長印本日、祢津地区創作オペレッタ実行委員会が、設立されました。 地域の人づくり、お互いを思いやる大きな心を育てるために、子供を中心に、保護者等大人を交えて設立されました。  企画書案は、空欄ばかりでした。 これから、みんなで作ってゆきます。 関心のある方大歓迎、是非、一緒に参加してください。 一緒に作ってゆく楽しさは、知らないでしょう? 楽しいですよ。 ホントに。 石川先生の、歴史講演(ヤッパ地元のことなので、熱が入っていましたね。)、牧の話から、納得したのは、史跡・遺跡を見て、見ただけで終わっては、本当の歴史は、分からない。 そこに、どういう思い・当時の人の思いがあったか、考えることが大切だということ(実はその話までは、うつら、うつらしていたんです。)。  やっと始ります。 実行委員長は、保護者のMNさんが、選ばれました。 なにとぞ、よろしくお願いいたします。 

生きてて良かった。

理事長印昨日、スーパーで好いことがありました。

  「(親にもらった、わたくしの名前。)・・・ですよね。」と言って、若者が近付いてきた。 面影がある。 すぐにピンときた(名前は、今日現在忘れているが、そのうち思い出すだろうけど。)。 

   なんと、前の勤め先で、15年程前に、ジュニア・ビッグ・バンドのメンバーで、バリサク(楽器説明、この小生の御年では、吹くの嫌なぐらい大きいサクスフォーンで、低音を受け持つ楽器で、バリトン・サクスフォーンと言います。)を、当時、旧東部町の中学生だったのかな。 男が少なかったし、わたくしは、憶えていました。 

   彼らは、「涙そうそう」の作曲者ビギンと、なんと2~3曲共演したのです。 リハの最初、お互いのテンポがあわず、「ダ、ダ・・・大丈夫か」と関係者は、内心ドキ・ドキしてました(正直なところ?。)。 でも、うまくいったんです。 盛り上がりましたよ。 観客も子どもたちのことですから、大目に見てくれてましたしね。 

  また、同じことをやれと言われると、結構しんどいので、若い方にお願いしたい・・というのが本音ですが。 そのコンサートの直後、1人の女の子は、英国に留学、彼ともう一人は、地元の高校へと進み、その後の進路は、分からなかったのですが、彼は、青年になり、地元に帰ってきて働いてくれているようです。 

  また、指導を手伝ってくれた女の子は、その後音楽の道に進み、結婚したと聞いてます。  他にも、音楽の先生・保育士とか結婚した子もいます。 

  子どもたちを、育成してゆくということは、長い時間がかかります。 でも、彼のように、趣味でもいいから、音楽に関わっているという言葉を聞くと「やってて、良かった。」と思います。 今度は、彼らがこの地域を、引っ張っていってくれると思うからです。

  彼との再会は、私に勇気を与えてくれました。 

  私は、東御市へきて16年余が過ぎましたが、今後も子どもたちの方を、社会的弱者の方を向いて、彼らの地域文化創造活動に協力してゆきたいと思っています。 

練るそして…練る。

理事長印「同じ部落に、T氏がいる。 寡黙で、控えめな人だ。ただ、江戸ッ子と分かった。 

  僕は好きですね!!気が会う。 スッカとしている。 知り合ったのは、区の文化祭の時、何も言わず、作品を出してくれた。 その頃は、「いいなぁ・・」と、思ってみてただけ。

  後でわかったのだけど、まるでプロ。プロそのもの。 そういう人ほど、本当の実力のある人ほど、えばらない。 益々好きになりました。 本人は迷惑してるだろうけどねぇ。 T氏は、その他にも、氏が感動した国宝の縄文火炎土器を寸分の違いなく復元し、それを展示している博物館より依頼があったので、再現したそれをなんと寄付しちゃった。 

  そのT氏、一字を決めるのに、長い推敲の後、一字に100枚を超す半紙を使うとのこと。それでも満足しないときもあるとのこと。 

  そんな話を聞くと、幼児とか児童は、すごいよね。 迷いなく、とんでもない線を引くものね。 

  音楽では、レイ・チャールズ(大変女性を好きだったそうですが。)リハも、打ち込みもなし。 全て一発勝負。 それがすべて。 世の中には、すごい人がいるよね。

  子供は、迷いがないのだな。 大人はスレてるから、いけないのだ。 それは、人生にも言えるよね。 自分も反省。 自分の正しいと思った道を行きたい…つくずく思う。 

  男の矜持(古いか?)大事にしたいよね。 

  女にもあるわよって言われそう・・・おォ恐い。