樂歴 その参

コーヒーカップ
北海道と大阪の繋がりの答え、えぇーと確か25人ぐらいを介して、見知らぬ同士が繋がった。 この数字が、多いか、少ないかでは、意見が分かれるかな。 わたくしは、少ないと思うのです。 結局のところ、渉る世間は、狭いのです。 ・・・・・ジャンジャン!

でもって、樂歴の話です。 当時、サクスフォーンは、高かった。 大学の初任給の10倍ぐらいだったかな。 いきなりは、買えませんでしたので、なんと・・なんとギターから始めたのです。 そして、なんと・・なんと「流し」から始めたのです。 私がですよ。 フォークしか歌えないのに。 とりあえず、買えるまでそれでいいよ、っと、彼の親分に言われたものですから。 そして、ある日、今思えば頭数合わせのためだったと思うのですが、向島の、それも一見のお客さまはお断りという高級料亭に出張です。 その時、その後愛称となる「大ちゃん」という名がついたのです。 料亭に顔をだしたら「長野から熊が、出てきた(流行のボサボサ頭でしたから?)・・・」「熊じゃ、かわいそうだから、大五朗にすれば・・・」と、芸者さんがつけたのでした。 まだ、田舎者丸出しでしたし、なにせ初めての場所・経験でしたので、言われるままに、くやしいけど、うなずいたみたいです。 ダイゴロウは、当時流行っていた「子連れ狼」の息子の名前です。 人前で、それも、客一人、芸者さん4~5人いましたか、初舞台でありました(そんなこともう覚えていないよ・・マッタク)。 で本日は、ここまで。 だけど、バイトで流しやった学生なんか聞いたことないよね!

どうしたら?

コーヒーカップ
「昨日、大雨を避けた蝉が、車のワイパーの下にいた。 確か、地上にでて一週間の命と憶えていたので、車のなかに入れておいた。 つかむとしっかり鳴いていた。 やっと、出てきて生きていたのが、なんだか分からない車内だったのでは、かわいそうと思い、今朝、露があがってない草の上においてきた。 まだ、ぐぅ、ぐぅーと文句いっていたから、残りの人生は、大丈夫だろう。 上空は、氷点下15℃の寒気で天候も大荒れ、思わず暖気をとるため、車のフロントに逃げてきたのだろうな。 午前中に家の周りの草刈りをしておいてよかった。

 目覚めれば「アキバ」の事件。 やっていいこと、やってはいけないこと、勝ち組とか、ニートとか、フリーターとか、客観性とか、人間性とか、自己愛とか、死刑廃止論とかいろいろな言葉が、連鎖的に浮かぶ。 自分は、「えぇ・・・」という事柄に出会うと、人間性・客観性・中立性、慈悲とか、隣人愛とか、平和などと言う言葉が思考停止してしまう。 交通事故にあったと思うしかなどとは、言えない。 両方の家族の苦しみは、想像できない。 どうしたら、いいのだろうか?  という私も、夕方の地下鉄日比谷線に乗っていて、挫折感を、虚しさを感じ、東京では生きてゆけないと確信し、帰省した。 彼は、都会の孤独に、自分を上手く処理できなかったのだろう。構成員は、ほとんど、田舎者なのに。 探せば自分の居場所があったはずだと思うのだが。 故郷に帰れば違う道も、開けただろうに。

 各報道機関は、やれ仏滅だったとか(本家中国では、既に使われていないのに。)、五黄だったか、666だったとか、満月だったとか、予知されていたとか、実は、黒点活動が活発だったとか・・・等々こじつけるからね。 振り回されんようにご注意ください。いっそ異常現象・事件庁でも、作ったら良いと思います。 そういえば、先週、大いに社会的地位のある方が、「私は、ユウフォーを見た。」と、大勢の前で言った。 わたくしは、少々驚きましたがね。 東御市にも、面白い方がいますね。  情報待ってます。

虚しさ・・・・

コーヒーカップ
「暗い話は、止めてください。・・・ホントに」と、我がチェックマンS君より、更新して何秒もしない内に言われて、「うぅ・・・。」となって落ち込んでいた次第です。 

だって、そう思っているんだからしょうがないじゃないって、反論できない、柔な私でありますが・・。 でもよく世の中の人は、こんな、空しい作業をしているね。 山のテッペンでもいって吠えたほうのが、スッキリすると思うのだが。

それじゃ、あまり暗くない話。 

   知っている人いるかな、何年か前に、ある日ある時刻、無作為に選んだ北海道のある海岸にいた老婆と、同じく大阪の梅田駅を歩いていた女子高校生の間に幾人の人がいれば繋がるか(時間とお金をかけた実験というか、試験というか)を、確か阪大の学生が調査したそうです。 さて、何人で繋がったでしょうか? 無論、二人は知らないもの同士です。 答えは次回。

   頭に来る話。 後期高齢者・・・なんとか、一体ふざけんなよ!! うぅー(犬の唸り声のつもり?) 低所得者には、増額で高額所得者には、減額だって・・・それで、「最初にもっと調査しておけばよかった・・・」とか。 誰も頭にこないのかな??? 

  又、法律を作る代議士先生方の7割は、シートベルトをしていなかったって!!! なんなんだ!!! 「安全のためにシートベルトしましょう・・・。」そんなもんだよね。 映画では、良く見るけど車(映画では、リムジンでありますが。)に乗ってビールとおつまみのサービスだって? 俺にもしてくれよ・・・・ホント。 

  選んだ国民が悪いだよ・・そっそ、みな国民が悪いのです。 だから文句言ってはダメなのです。 脈絡もなく、フト思ったのですが、だれか「利口な壁」って本だしてくれないかな。 開いたら真白だったなんていう単行本あってもいいと思いません? 関係ないか・・・・大変失礼いたしました。

樂歴の弐

コーヒーカップタイトルに関係ないですが、高校時代のことを少々書きますです。 

「硬派」という言葉が、まだ生きていた時代です。わたくしも、三年間先輩の影響だったか?担任に「男なら根性見せろ!」とか、(オカマさんなら良いのかよ?と言いたかったですが)言われまして咄嗟に考えたのが素足にゲタで、一年中通学することでした(当時は、革靴履いているとなんとなく軟弱で、カッコつけた奴と思われてましたので。)・・ハイ。 冬は、大変だったなんていうものじゃなかったです。 今どきの寒さなんって言うもんじゃなかったですから。

 また、三年の「稲刈り休み」の時、農家ではなかったので、休み中、人のやらないことをやって有効利用しようと、ママチャリで、現在、書店の社長しているH君と二人で、日光まで誰にもだまって遠出しました。 辛かったのは、地図の上では、足尾銅山を通った方が近いと思い、足尾経由で日光に向かいました。 坂道続きだし、途中で雨は降ってくるし、雨のなかやっと日光に着きました。 暗くなりましたので、途方にくれていると、通りかかった魚屋さんが「家に泊まりな!」と、夕飯まで、魚屋さんの家族と一緒にごちそうになったことです。

 友人H君は、いまだ交流していてくれてます・・・・ほんとに助かったし、うれしかったです・・・感謝。 

   後日、前出の我が恩師に言われましたが、だれも知らないはずなのに、即職員会に上がったそうです。 お咎めはなかったですが・・・ハイ。

  吹奏楽の先輩の話。 違う先輩から卒業後、聞いた話ですが、チュウバを吹いていたF先輩、在学当時から、ハイライト?一日三箱というヘビースモーカーだったそうですが、先生にも、後輩にも誰にもわからず、卒業し、大学へ進学して行きました。  

  喫煙を奨励する気は、毛頭ないのですが、兎角、カッコつけたり、自慢話をしがちな中、F先輩は、根性があるというか、変な尊敬の念を抱いたものです。 今では、郷里に帰り、あのイカツイ顔は、嘘のように始終笑顔が絶えないじい様になっています。 たばこは、忘れたようです。

前回の続きです。 

  新聞配達や、牛乳配達、書店勤務(家から学資を送ってもらうことは出来ませんでしたので。)等している時、中学の後輩M君(おバカなので、今でも、ギターで飯食っていますが。)が、「コーラスバンド作って売り出すから、サックス吹いてくれなか?」と、言ってきました。 当時のラスコバンドには、ギターのほかにサックスが入っているのが流行でしたので、わたくしに声が掛ったのです。  

  流行歌は、好きではありませんでしたが、サックス吹いているほうが楽ですし、楽器をまあまあ上手くこなせますので、すぐに話に飛びつきました。 まあいろいろありましたね。 いよいよ、次回は、東京時代!!!  ハイ。

樂歴・・・なんのこっちゃ!

コーヒーカップ東京オリンピックの時、高校生でした。 

   体育館で、ちっこいテレビを授業中に見てました。 当時は、吹奏楽部に所属していました。指導は、S先生。 いまだ、担任よりも恩師です。 ジョージ・チャッキリス?のような映画俳優のような顔をしてます。いまでも。個性が強い先生ですが、卒業してからも、本気?で、恩師のような家庭を作りたいと思っていました。本人より奥さんの方が、ホントは、好きであります。話がそれましたが、卒業後、地元のN無線に入りました。

   そして、N先生の合唱団、U先生宅で練習している「上田交響楽団」に雑用係りとして入りました。 いろいろやらしていただきましたです・・・ハイ。 若いから? 楽しかった思い出です。 

   若かりし頃のF先生・結婚前のS先生の奥さん・袋町という処へ始めて飲みに連れっててくれたO先輩そして今では、日本有数のフォルン吹きのY君がまだニキビ顔の高校生で参加してました。 

   一番の思い出は、「未完成交響曲」を、アマチュアとして上田地域で演奏したとき、あの有名な旋律をオーボーで吹いたことです。 また、トロンボーン担当したとき、よりによって、風邪をひいていて、その一番くるしい時、コンサートがあり、真赤になって吹いていたら、後で聞いたのですが、僕だけテレビ放映されたとのこと。 

   N先生に「お前だけ写りやがって・・。」と、先輩を出し抜いたこと苦言を言われました。 風邪ひいていただけなんですけど。 今、考えれば先輩たちの手前そう言ったのだなと思っていますが。 

  2年間上田で経理係りとして勤務した後、何故か?家を飛び出し上京し、叔父が行ったというだけでM大学を目指します(ただ単に、その時授業料が一番私大で安かったこともありますが・・)。 

   後年お袋に、勝手に行っちゃたこと、ボソと非難された時は、少々つらかったです・・・ハイ。 ホント。 本日はこれまで。 こうご期待・・・するわけないよねェ。

 

 

 

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無縁仏・・・

   コーヒーカップお天気の悪い日は、気がうつむく? 先輩で、友人であったS氏は、このご時世に無縁墓にいる。 はやり歌でもあるまいに。

   彼は、たくさんの思い出と、大きな借金を残して消えた。 彼を大事に思った人が、その借金を払っている。 「しょうがないわね。」っと言いながら。 彼も大切にしたい人なのに。 しょうがないか! 

   昔、「他人に、迷惑掛けないで生きているヤツなどいない。みんなお陰さまで生きているんだ。」と、何かのことで、強く言われた。 長く心に引っ掛かかっていた。 

   彼は、そのとおり生きた。 社会にでていた時は、たしか東映の助監督まで務めた人だった。 演技指導は、たしかなものだった。 後で分かったのだけど、自分と同じような道を進み、偶然、大学も同じだった。 学部も。 当時は、タケシも宇崎も在学していた。 私は会ったことはないですが。

  無縁仏の話がでたので、そのことについて一言。自分を1代と考え、25代前までさかのぼると、今いる自分のために何人存在しなければならないか、考えたことあるだろうか? 多くの人は、未来ばかり考えているが。 

   甲斐の武田氏の子孫がたしか20代ぐらい、松代真田氏は、18~19代ぐらいかな、少し前の週刊紙に載っていたのを憶えている。 っと言うことは、戦国時代までさかのぼるのかな? ご先祖さまに「オカマ」さんとか・・(ゴメン、怒らないでね!)「オナベ」さんがいると絶対存在しないのだが。 

   こんな馬鹿なことわかる人いなくて当然ではありますが。 わたくしは、遠い昔、新潮社の「生きるための死に方」という著作に出会って知りました。 それまでは、こんなこと考えたことなかったのですが。 さて、想像できましたかね? 答、4432万3352人が正解だと思うのですが(言っておいて、自信がないのがわたくしであります!メンゴ)。

   で、何が言いたいかというと、当時日本の人口は、そんなに居なかったであります。 隣の人と合わせればとんでもない人口になってしまいますです。 ということは、まるっきりの他人は、ほとんど、いないということ。 だから、無縁ということはないであります。

  時代が差別しているだけです。かのモーツアルトでさえ、どこに埋葬されたかわからないとのこと(彼は、先を行ってたのですよ。モーツアルトを聞きましょう!!・・・関係ないか・・・わけわかんないこと言うなっといわれそう・・オオこわい)。

   先輩胸張って、埋葬されていろよ!! 

   俺は、無精だからというか、忙しすぎて行けないけど(言い訳) だれか花でも添えてくれるからねぇ!!

    本日は、これまで。

 

雨の日に。

コーヒーカップ  夕べ、「同棲時代」を思い出した。 これが、歳を取るということかなと、幾分、自虐的になりながら。 

  上村一夫の名を思い出しながら。 亡くなったと聞いたとき、雑誌を買いにいったのを憶えている。 どこかに、しまい忘れ、引っ越し続きのなか、紛失してしまった。 自分の青春の好きなものの一つだったのに。

   先輩だけど、理解者で、仲良しだった(自分だけの思いかもしれないが。)故T教育長に「衣食足りて、礼節を知るんだよ。」と、言われ、解っているんだけど、抵抗した。

   解っているんだけどね。 貧乏だから、礼節を貫きとおすことが難しい。 

   成金が幅を利かす。 せめて、子供には、食事のマナー・箸の使い方だけはうるさく言う。 そして、感謝の言葉と。 それしかできない。

梅雨だという。 たまには、こういう日もいいかな。

   投稿してる最中に、恩師の信頼している友人がみえた。 元気だせよ!って誰かが思ってくれているのかな。 

   ヨッシ、今日は、思い切って、久しぶりにジャンボでも買うとするか。 

熊さんは、いったり、きたり

コーヒーカップおかしなものだ。 自然界は。 花を付けさせて、寒くする。 

  今年も、山は不作かな。 一昨年は、我が家のベランダから1~2メートルのクヌギの木に、熊さんが、物見に来た。  甘えんぼのオスのハスキー犬に吠えられて、やむなく木登りをさせられた様子。

  誰だ、山でクマに会ったら木に登れって言ったのは、あの木登りの速さみたら、ぜったい登れない。 まあ、事前に音のでる物で人がいることを知らせるしかない。 ホントだよ。  追伸、なお我が家の訪問者は、結構かわいい顔をしてました。

  今週は、特に忙しいので時間のあるうちに、書いておこう。 また、S君にけつを叩かれる前に(本人結構忙しいなか、チェックが厳しいのだ。何歳かな?)

   報道を聞いて、ミャンマー・中国の災害、人災? そんなものかね・・・・・。 日本だったら、救助・再建以外のことは、全て取り止めると思うのだが、「水瓶」の世紀になっても、世界は変わらないのか。

   ある事象に関して(これというものでは、ないのだが)、どうも日本人は(無論、人によるけど。)   概ね、しっかりとした考えを持った人は黙ってしまう。

  声のデカイ奴の意見が通ってしまうのが普通じゃない?プン、プン)いい悪いは別にしても、一刀両断にしてしまう。 「これが、正義だ。正しいのだ。」と言って。 水戸黄門のご印籠みたいに。 

   当事者の思惑、思い、考えを微塵も考えないで。 他人を思う、尊重するということは、大変なのだ。 心ある人ほど、黙ってしまう(だから、わたくしも無口なのです?)。 

   その正義が、当事者自立の道を閉ざしてしまうということに、気がつかないし、もちろん、気づこうという気もない(そういう方は、そういうものか。結構多いけどね。)。

 今日は、ある、これからの出来事のことを考え、憂鬱が斜め下を見てます。 

 ボンドガールのお尻を見ながら。  何のこっちゃ!!!

ボンドガール

母親体験を奨励す!!

  コーヒーカップ地震予知は、1日ずれた。 旧暦だったなんて言わないよなァ! とりあえず、ヨカッタとするか。

  小さな地域の、子育て支援。 大変だよ。 しかし、どうあがいても少子化は免れないと思うのだけど。

もっと実質的・直接的に、今の子供たちの支援をしたほうがいいのではないかな?

  財政的には、困難だろうけど、一律月3~5万円ぐらい子供の貯金通帳に入れちゃうっていうのは、どうかいな。

  僕がいうと、子供がいるからだっと言われそうだけど、親は、助かるよね。

  まァこれも、財源があればの話だけど。 48万も年金もらってる人が、減額してもいいよと、言ってくれればいいのだが。

  国の姿勢かな? いずれにしても、そろそろ少子化対策でなく、それを迎える準備の計画を立てたほうがいいんじゃない?

  「俺は、幸せだ!!。」(太陽に向かって吠えた2日目)・・・・・・曇って雨降ってたけど。

  忘れてた!父親の「母親体験週間実施」する個人・団体表彰あるいは金銭的支援をするってのはどうかな。

  誰がやるの? お金持ち(ビル・ゲイツのような)市に寄付してくれないかな。

  子供と過ごせば、母親の苦労がわかるし、楽しいよ!!!

週刊誌情報は当たるか?

コーヒーカップこれが、初夏の暑さか!! 白鳥は、鳥インフルエンザ・・・そこまで、危険がきているのか?

本日、来客は、友人2人のみ・・・・・ドッどーする。

前向きに考えろ、ハッピーな心で・・・・思うのは簡単だけど、いいのかな?  (俺は最高に幸せだ 1日目)

今日は、地震注意日だって・・・ただいま午後5時15分  当たらぬも八卦?